第七章・"渋谷・朝霧ヶ瀧伝説"
第七章・第一節/伝説序章 "朝霧と撫子姫"
.....白根記念渋谷区郷土博物館。大抵ここへ来るとまず1F正面の期間モノの展示を見て、次に2Fで渋谷の歴史そのものを飽きることなく凝視してから昭和中期の渋谷の住宅再現の部屋で「ああオレん家だ」と和んで、地下へ降りて高野辰之先生やら国木田独歩先生がお使いになってた品々なんか見て、んで最後に1Fの喫茶コーナーで"熱中時間"以来良くお話するようになった博物館の方々と世間話なんかしつつ資料を漁る、ってのがオレの行動パターン。まあヘンなハナシ、ここにはオレが見てないトコはもうないだろう、ってくらいの常連客だろう。

.....そんなオレが、ある日白根から帰宅してなんか仕事して、んで床について寝て翌朝(いや昼だ)起きて、たった今見ていた夢の謎を考えていた。

「.....撫子って、誰?.....」

オレもそれなりに寝てりゃ夢見たりもする。他人の話聞いてるとそんなに多くはない/具体性は低いようだけど、この日の夢はなんだか妙な夢だった。

なんか、オレはどうやらタイム・スリップによって昔の世界にいる。そして、その運命とそこでの生活になんとなく慣れ、そろそろ仕事くらいしなくちゃと思って(笑)お寺でバイトを始めた(.....)。で、そこでどうもオレは誰かと運命的な出逢いをする。が、その人と添い遂げることはつまり現世に戻れなくなることを意味し、一緒にならずに現世に戻るとこの記憶は消えるらしい。しかも、どうやら相手はガチガチのお嬢様、つまりは"禁じられた恋"に堕ちちゃったワケだ。さてどうする!。悩んだ末にオレが出した結論は"運命と闘う"であった!。欲しいものは手に入れる、そしてコイツを現世に連れて帰る!。なあに、障害が多い方が恋は燃えるのさ!(古.....)。
.....が、次の場面で結局オレは多くの"敵"に囲まれた状態で崖っぷちみたいな場所にいる。眼下は滝壺だ。そして何かの弾みでオレはその崖から落ちる。落ちながらオレは叫んでいた。
「撫子〜っ!!」

.....スイマセンね、45歳にもなって(爆)。でもね、目覚めた直後はどっちにいるのか良く解んないままでしょ。で、ちょっと涙なんか滲んでるワケ(カワイイぞオレ)。んで大抵は10秒くらいかかって自分は寝てて、夢見てて、今起きた、って解るもの。で、冷静になってから最も多いのが"忘れる"、次が"その先が見たかった"、出来れば避けたいのが"引きずる".....ま、この時のオレは"忘れる"に近かった。少なくとも、その日の夕方までは完全に頭から消えてた。
.....で、何がきっかけ、ってワケでもなく、再び頭の中に"撫子"の名が復活した。"ナデシコ"で最初に浮かぶのはキョンキョンだぞ、オレの世代は(爆)。女子サッカーの日本代表チームってのもちょっと時期外れ、なんだってそんな名前なんだ。だいたい金髪ロッカーのオレには基本的に縁がネエぞ。ああ、むしろ縁がないからこそ夢に出て来んのか。ま、オレもまだまだ純粋、ってコトで(核爆)。

.....それから約2ヶ月。オレはその夢のことをすっかり忘れたまま、再び白根を訪れていた。で、前述のようないつもの行動パターンを踏襲し、2Fの展示エリアで"渋谷の伝説"というファイルをパラパラとめくっていた時のこと。記憶の片隅にあったふたつの事柄が、この瞬間ようやく結びついた。
朝霧ヶ瀧伝説

その昔、渋谷宗順という長者がおり、そこには撫子姫という美しい娘がいた。ある春の日に娘は桜を見に両親と円証寺を訪れた。その当時、この寺には、「朝霧」という少年が仕えていた。この少年は娘を一目みるなり恋に落ちてしまった。しかし、その想いがとげられない苦しさから、この滝に身を投げてしまったということである。
(『江戸砂子』から)
現在の円山町付近にあった滝といわれていますが、正確な場所はわかりません。
.....コレだ、オレが夢に見たのは.....。
ここ白根でオレが鳥肌を立てたのは恐らく2度目、1度目はテレビ番組"熱中時間"のロケでS水ディレクターとマネージャーPの策略にハマり、"大正時代の春の小川"と称される河骨川の写真を見た時。もっともあの時は観るもの全てが鳥肌モノ、白根の学芸員であるT原氏のコレクションはその全てが衝撃的だった。
が、今回の鳥肌はちと違う。初めて見た衝撃ではなく、記憶を呼び戻された際の"合致"によるもの。"デジャヴ"と言うべきか、人間誰でも人生で何度か「このことだったのか」という瞬間はあるのだろうが、正にこれがオレの記憶に符合した瞬間だった。
ま、この"渋谷の伝説"というファイル自体は恐らく過去に5〜6回はめくってる筈なので、何度か眼に入っていたことは間違いない。が、特に内容を気に留めることはなかった。それが、どうやら前回見た際に脳内にインプットされ、その夜の夢に表れた、ということなのだろう。でも、書いてある名前を覚えるほど凝視した記憶は全くない。従って、いつものオレならこの程度で後日「何つったっけ、あの女の子の名前」と言われても絶〜対に想い出せない、いや初めっから覚えてナイ!。それが撫子姫/寺/滝壺、という部分に限っては知らぬ間に完全にインプットされていた、ということになる。
.....ってことは、オレは朝霧だった、ってことか。こりゃまた厄介な(.....)。
ま、この手の伝説の"正体"は明らかで、大抵の場合は上流階級の娘に手を出した丁稚クラスの男が"始末"された、ってのが真相。それを表向きには本人が想い悩んで自決した、ってことにして"悲話"として語り継がれてる、ってのが世の常。むしろ現代にだってそういう例はまだある筈。で、恋は障害が多ければ多いほど燃え上がる、ってのもまた不変。遠距離恋愛も略奪愛も人間の"欲"がある限り消えることはない。ただ、壮絶に体力を擁する。朝霧と撫子の間にどんな想いがあったのかは解らないけど、もしかしたら「来世で一緒になろう」なんて約束があったのかも知れないね。
.....とまあ、ここまで読まされて来て皆さん「いつ川の話が出て来んだよ!」とお思いかも知れませんので、そろそろ進行を(.....)。もっとも、オレの性格を知る人には既にバレているんだろうけど.....。

ま、結論から言うと、オレは勝手に朝霧が夢に出て来て「最近渋谷の歴史を調べてる加瀬さん、良かったら撫子に逢わせてくんない?」と言って来た、もしくは朝霧の来世が今のオレで、この想いを受け取らなきゃなんない、という運命を感じたワケだ(何という単純な.....)。解ったよ、朝霧。オレが撫子を探してやる。みんな、もうオレのことは放っといてくれ。こうなったら誰にも止められないのは、誰よりも本人が一番良く知ってるんだ(んじゃヤメろって)。

さて、そういうワケでオレはクソ忙しいにも関わらず、撫子姫に逢いたがってる朝霧との約束を果たすために(してネエって)、この伝説を紐解くことにした。.....ま、イイじゃん。渋谷に生まれ育って39年、それ以前の渋谷の姿もようやく解って来たトコロだし、コレもきっと何かの縁だ。
朝霧、撫子、今行くゾ〜!!。
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